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海辺の教会にて

 
 ドルマゲスを追って西の大陸にやってきた俺達は、奴の詳しい足取りを掴むため、まず高い丘の上にある教会を訪れた。
 数名の僧が目撃した情報を統合するに、奴はここよりはるか南方にある都市、ベルガラックに向かったらしい。
 ベルガラックといえば、世界随一の規模を誇るカジノ施設を中心とした娯楽都市だ。一攫千金を目当てに、世界中から色んな人間が集まる大きな街。それゆえに、治安維持のために割かれている人材や設備も相当数だ。監視の目が隅々まで行き届いている先進都市で、殺人などそうそう可能だとも思えない。けれど、今までのやり口がやり口なだけに、嫌な予感が拭えないのは俺を含め、全員が思うところだった。
 この海辺の教会からベルガラックまでは、徒歩で順調に行けば3日ほどだと、神父が地図を指し示しつつ教えてくれた。
 けれど日はとっくに暮れていて、おまけに長い船旅で全員疲労が溜まっている。一晩明かしてから出立するほうが懸命だという結論がすぐに出た。
 エイトは神父に一晩の宿の提供を願い出ると、神父は快く受け入れた。


 ゼシカは修道女の寝室と同室にしてもらい、俺達は別室に案内された。
 しかし一つ些細な問題が生じた。寝台の数が一台足りないのだ。他に代用出来そうな長椅子などもないらしい。とりあえず修道僧に人数分の毛布を頼んで、

「誰か一人は床で雑魚寝だな」

 俺は誰に聞かせるとも無く小さく呟く。
 するとエイトがひらめいた、とでも言うように拳を叩いた。

「とりあえずヤンガスはそっちの寝台を使ってくれ。僕とククールはこっちで寝るから」

 ――……今何つった?

 鼓動が一瞬だけ大きく跳ねた。俺が特に何も言えず固まっていると、

「申し訳ねえでがす兄貴。アッシの体格が、もうちっとばかしスリムならよかったんでげすがねえ」

 ヤンガスがばつが悪そうに笑いながら、さっさと装備や荷物を適当な場所に置き始める。話はエイトの提案を採用する方向にまとまってしまった。
 エイトが俺のほうを向いた。

「ちょっと狭いと思うけど、ククールもそれでいいかな」
「いや別に、俺は構わないぜ」

 努めて平たい声で俺が答えると、よかった、とエイトが微笑む。 

 ――ああちくしょう、そういう顔すんなよ。

 いつからこいつの挙動に逐一心を動かされるようになったのか。エイトへの想いを自覚したのはあの船出の夜だったが、思い返せば初めて出会った時点で既に、エイトのふるまいの一つ一つを、好ましいと思っていたのかもしれない。
 陛下と姫のところへ報告に行ってくると、エイトが部屋を出て行った。
 俺は装備品の類を外しながら、エイトから見て、俺がただの仲間の顔が出来ていたかどうか、遅まきながら不安になった。


 ヤンガスが寝台に仰向けに寝転がり、すぐに大きな鼾が聞こえてきた。俺は手元の蝋燭の火だけを残して、部屋の照明を消した。
 すぐに寝付けるはずもないので、寝台には横にならず腰掛ける。部屋の戸棚にあった地理書を広げてここ一帯の地形を頭に叩き込んだ。
 半刻ほど経って、エイトがそろりと戻ってきた。

「あれ、まだ起きてた」

 音を立てぬようエイトが慎重に扉を閉める。俺は肩をすくめてみせた。
 エイトはちょうどいいや、と呟きながら、肩提げ鞄の中を探り始めた。

「錬金釜を見たら、やっと出来上がってたんだ」

 言いながらエイトが取り出したそれは、指輪型のペンダントヘッドだった。
 差し出されたものを受け取ってよく見ると、大きな十字の意匠が施されている。

「これは」
「『魔除けの聖印』っていう、即死の技や呪文から身を守ってくれるお守りなんだって」
「……俺にか?」

 ほの暗い闇の中、エイトがこくりと頷いた。

「この間みたいなことがあったときのために、君に持っていて欲しいんだ」

 以前立ち寄った、メダル王城周辺での戦闘のことを指しているのだろう。確かにこの先また厄介な魔物が出現しないとも限らない。
 エイトも≪蘇生呪文≫が使えるようになったが、こいつはむしろ攻撃に集中するべきだし、補助や回復は俺の役目だ。エイトの判断は最もだった。
 ちょっと貸してと、俺の手から聖印をとると、ペンダントの金具を外して、そのまま両の手を俺の首の後ろに回してきた。






「……っ」

 近い距離に、思わず肩が強張った。情けないことに、頬にかっと血が集まるのが判る。
 金具を留めると、エイトが少し離れて具合を見る。それから納得したように頷き微笑んだ。

「よく似合う」
「……、これはどうも、ご丁寧に。ありがとうな」

 俺は頬の熱さがばれやしないかと冷や冷やしながら、やっとそれだけ返した。部屋の明かりを消しておいたのは正解だったと心底思う。




「そろそろ寝ようか」

 ふあ、とエイトは大きく欠伸をした。俺はそうだな、と生返事を返す。
 エイトが装備品を外し、上着を脱いで寝台に上ってくる。寝台が軋む音と衣擦れの音が、やけに大きく聞こえる気がする。
 俺はいい加減覚悟を決め、自然な動作を装って地理書を閉じた。外套と上着を畳み、それから止め具の多いブーツを脱ぐ。エイトが壁側に退いてできた空間に、身を潜り込ませた。
 だからといって睡魔など訪れるはずも無く、エイトの体温の近さと熱さに目は冴えるばかりだ。男二人が寝るには――いくらエイトが細身とはいえ――窮屈な寝台。その空間を分け合うため、仰向けにはなれず、互いに向かい合うような横向きの姿勢もまずい。

「おやすみ、ククール」
「ああ。……おやすみ」

 寝つきのよさは、エイトもヤンガスに引けをとらない。半分眠りに落ちた声で挨拶したかと思うと、すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。表面には決して出さないが、エイトも疲労が激しいのだろう。久方ぶりの、揺れない寝台で眠るエイトの表情が、ひどく幼く見えた。
 俺は誘惑に負けて、エイトが完全に眠り込んだのをいいことに、その頬に触れた。
 柔らかな頬の熱と、冷えた指先の温度が混じりあう感覚に、たまらず目を伏せる。
 ただ指先で触れただけだ。だのに、心がぐちゃぐちゃに掻き乱される。
 今まで褥を共にした女はごまんといたが、このような心持ちをいだかせる人間は一人としていなかった。ただ互いを慰めあったり、快楽を貪り合うだけの関係は気楽だったし、愛だの恋だのとは、死ぬまで無縁だと何故か思いこんでいた。その根拠の無い認識は、エイトという一人の男によって、たやすく覆ったわけだ。

 ――好きだ。

 決して伝わらない、伝えられるはずがない想い。声音にはせず唇だけで言葉を作って、エイトの頬を指先で撫でる。すると、エイトが少し身じろいだ。

「ん……くくー、る……」

 とく、と心臓が脈打った。寝言なのか夢でも見ているのか、夢だとしたら、俺の夢を見ているのだろうか。まるで触れた指先を肯定されたような気がして――ひどく自分に都合のいい解釈だ――、俺は空間を詰めた。

「エイト……」

 柔らかな前髪をそっと掻き分けて、あらわになった額に、触れて押し付けるだけの口付けをした。薄い皮膚を通して、エイトの熱が直に伝わる。衝動はさらに先を求めるが、俺はそれを、胸元に下がる聖印を握り締めることでなんとか塞き止めた。
 触れれば触れるほど、いとおしさは深く熱を帯びる。ただ己の内側にだけ閉じ込めて、じりじりと侵食されるのを、どうすることも出来ずに持て余す。
 まだもうしばらく、眠りに落ちそうには無い。



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乙女ククール(笑)
魔除けの聖印って、明らか指輪の形してますけど、
ただの指輪だとククールさんグローブしてるから普段見えない位置になっちゃうよねってことで
勝手にペンダントヘッドにしてみました。
結構終盤まで魔除けの聖印を装備させてましたよ、私の冒険の書では。

エイト君はもう深層心理じゃククールのこと好きなんじゃなかろうか。
無自覚ラヴ?でも彼は自分の思いを自覚するまではノンケです。
それはノンケと表現していいのかどうか、びみょーなところですけど。
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