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出会いはこうして

 
 とても綺麗な人だと思った。
 決して上等とはいえない、宿場町の酒場の席だった。安酒をあおって陽気に笑う人々。妖艶に料理を勧める女給たち。円卓にて賭け事に勤しむ男ども。
 どこにでもある陳腐な酒場の光景は、その人の容姿とはとても不釣合いで、けれど同時にその人はこの娯楽の場に不思議に溶け込んでいた。
 5枚そろった札を、その人は円卓の向かいに座る巨漢に見せた。役はたぶん、ロイヤルストレートフラッシュ。よく見れば、その人の手元には、それまでの勝ちの数を示すチップが山ほど見えた。
 巨漢が椅子を蹴飛ばしながら立ち上がった。続いて獣のごとき低さの怒号。店内が一瞬だけ、水を打ったように静まる。
 綺麗な人は、やれやれと呆れたように肩を竦めてかぶりを振った。後ろで束ねられた銀色の長い髪が、天灯の炎を反射してきらきら揺れる。僕はそれに一瞬、見とれる。

「まずいですぜ兄貴。あの兄ちゃんの向かいの男、パルミドでは評判の暴漢でがす」

 傍らで事の成り行きを見守っていたヤンガスが、少しだけ焦りの色を滲ませて言った。狭い店内の卓と椅子の間を縫って、巨漢のもとに歩いていく。ゼシカは腕を組んでそれを見守る。僕はただ突っ立って見送るだけだ。
 ヤンガスが巨漢の肩に手を置き、短気を穏やかに嗜めると、巨漢は何を勘違いしたのか、イカサマ野郎のグルか、などと罵りながらヤンガスを思い切り突き飛ばした。
 食器やグラスが砕け、卓が真っ二つに割れる大きな音がした。ヤンガスが先ほどの友好的な態度と打って変わって、暴漢に手近な椅子を投げつける。巨漢も負けじと酒の瓶を割って武器代わりに携える。酒に酔った民衆は、始まった喧嘩騒ぎを好き勝手にはしゃぎたてる。
 ゼシカがいつの間に持ってきたのか、大きなバケツに入った水を、ヤンガスと巨漢にぶちまけた。

「いい加減にしなさいよ!この単細胞ども!」
「ゼシカっ」

 名家のお嬢様は、とても勝気に男らしくそう言い放つと、巨漢の取り巻きの子分にさっそく目を付けられた。ゼシカの豊満な肢体を舐め回すように見ながら、女が調子に乗るなと怒鳴り散らす。
 いよいよ僕はまずいと思って、ゼシカの盾になるように移動しようとしたすぐ背後を、ヤンガスが投げた大きな卓が通り過ぎる。はっと後ろを見ると、僕の後頭部に一撃を食らわそうとしてたであろうもう一人の男が、気を失って倒れていた。そして魔力の気配を感じて視線を元に戻すと、ゼシカが火球の呪文を撃ち込もうとしていた。

「ゼシカ、それだけは流石にまずすぎ……っ!?」

 制止しようと延ばした腕を、誰かに掴まれた。

「外、出ようぜ」








 涼やかでつやのある低い声。それからかちりと視線が合った、氷色の瞳。
 見れば巨漢と賭け事に興じていた綺麗な人だった。いつの間にこちらに移動してきたのか。
 僕とゼシカはその人に引きずられるように、店の裏口に誘導された。



 店の裏はろくに手入れがされていないのか、雑草が伸び放題だった。西日が建物に遮られて、影と日なたの色彩の差が強い。
 綺麗な人が、ゼシカの手を恭しく下の方から持ち直す。そのまま甲に口付ける仕草をしようとすると、ゼシカがやや乱暴に手を払った。綺麗な人は、そんな態度をさして気にもせず、ふわりと微笑みかけてから僕に向き直った。

「あんたたち何なんだ? ここら辺じゃ見かけない顔だが……」
「いや、なんと説明すればいいのか……」

 僕が曖昧に笑むと、綺麗な人はまあいいかと呟いて、僕に右手を差し出した。僕はそれを見て、無意識に手を伸ばして握り返す。

「イカサマがバレずに済んだ。一応、礼を言っておく」

 綺麗な人は、ニヤリと口角を上げた。後ろでゼシカが、やっぱりイカサマだったのね、と呟いた。
 綺麗な人がそのゼシカの言葉を受けてか、外套の下に隠し持っていた札をあたりにばら撒いた。

「あんまりいいカモだったから、ついやりすぎちまった」

 今度はいたずらを仕掛けた子供のような顔でおどけるものだから、僕は思わず声を立てて笑った。綺麗な人も、くすくす笑う。
 ああ、声も髪も瞳も貌も、どこもかしこも綺麗な人だと僕は思う。
 ふいに店の方の喧騒が近くなった。イカサマの張本人の姿が消えたことに、巨漢が気づいたのだろう。あちこちを探し、物をどける音がする。

「グズグズしてたらあいつらに見つかっちまうな」

 肩に手を置かれて、店の方に投げていた視線を戻すと、思いのほか綺麗な人の横顔がすぐ近くにあって、僕は少し動揺した。綺麗な人は様子を窺がうように裏口の方を見たままなので、たぶん気づいてはいない。
 綺麗な人はゼシカのほうに振り向くと、彼女のほうに自然に歩み寄った。顎に手を当てて、まるで高価な美術品を鑑賞するかのように――いっそ失礼なほど――、まじまじと彼女を見つめる。ゼシカは目つき鋭く睨み返しながら、不機嫌を少しも隠そうとしない声音で、

「……何か?」

 と問いかけた。

「いや、俺のせいで怪我をさせていないか心配でね。大丈夫かい」

 綺麗な人の声色はすごく優しい色を刷いていたけれど、ゼシカの嫌悪の表情を見るに、きっと貌のほうはそれとは不釣合いなものなんだろうと僕は推測する。

「あいにく平気よ。……じろじろ見ないでくれる?」

 ついっとそっぽを向くゼシカ。綺麗な人は、やっぱりその連れない態度を少しも気にせずに、ふと思いついたように右手のグローブを、口にくわえて外した。

「助けてもらったお礼と、今日の出会いの記念に」

 露になった右手薬指から指輪を外すと、ゼシカの左手を丁寧に取って、それを手渡した。
 美術や絵画のことは僕にはよく判らないけれど、この上なく綺麗な人が美女の手を取るこの光景は、絵描きなら誰でも画にして残したいと思うのだろう。ゼシカの表情が、もっと柔らかいものであったなら、の話だけれど。
 こんな風に微笑まれたら、世の女性はみな虜になってしまうだろうという極上の笑みを浮かべながら、綺麗な人が続ける。

「俺はククール。マイエラ修道院に住んでる」

 もういい加減我慢の限界が来たのか、ゼシカが殴りかかる勢いで手を振りほどいた。綺麗な人――ククールはさらりとそれを避けると、去り際に念を押すように言った。

「その指輪があれば俺に会える。会いに来てくれるよな、ゼシカ? マイエラ修道院のククールだ、忘れないでくれよ!」

 マイエラ修道院側の街道の方へ、ククールは真直ぐ走り去る。角を曲がってその姿が見えなくなると、ゼシカは受け取った指輪を、まるでトカゲの尻尾かなにかをつまむように、人差し指と親指で持ち直した。

「兄貴~! ここにいたでがすか、探しやしたよ」
 店の表の方から、ヤンガスが姿を見せた。こちらに走り寄ってくるその表情が、まるで一仕事終えた後のように清清しいので、僕は思わず苦笑する。
 ゼシカは、指輪を僕の手に落としてきた。それから、びしっと人差し指を僕に突きつけながら言った。

「いーいエイト! そんな指輪受け取っちゃダメ。あのケーハク男に突き返しに、修道院まで戻るわよ!」

 受け取ったのはどうみてもゼシカじゃないか、と僕はすんでのところで言葉を引っ込めて、乾いた笑いを返すだけにとどめておいた。最高に機嫌が悪い彼女を、これ以上下手に刺激するのは薮蛇だ。
 ヤンガスは「また戻るんで?」と疑問符を浮かべているが、僕は彼に、事の次第を説明してあげる気力がいまいち湧いてこなかった。

 ――それにしても。

 僕はゼシカの不機嫌そうな横顔を見つめた。あのように積極的に迫られて、けれどゼシカは本当になんとも思わないらしいのが、僕にはとても不思議だった。
 射抜かれるように鋭く、それでいて静けさを湛えた氷色の瞳。
 とても印象的な色。ゆっくりと瞬くと、鮮やかに脳裏に思い描けるほど僕の眼に焼きついた色。

 ――もし僕が女の子だったなら、あっという間に堕ちてただろうな。

 あんなに綺麗な人を見たのは、生まれて初めてだったから。
 それから少し間を置いて、一体何を考えているんだろうと、僕は指輪を握り締めて一人赤面した。
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