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道中にて

 
 円の端を少しだけ欠いた月が、どこまでも続くなだらかな丘陵を照らしている。木々はまばらに生えるのみで、夜半過ぎだというのに見通しはよかった。
 人の行き交いで踏み固められただけの街道を山側に少し逸れたところに、大きな岩塊が突き出ていた。大きさは人が住まう小屋ほどで、上面は平らになっている。
 岩塊の根元で、焚き木が燃えていた。
 火の傍に腰を下ろしている人影と、そこから少し離れたところに、横たわり眠っている数名の人間と、それから小さな荷台を載せた馬車も停まっている。
 揺れる炎に薪をくべているのは、深紅の聖堂騎士の服を身にまとう青年――ククールだ。
 訪れる先々で人を殺め続けている謎の道化師ドルマゲスを追う旅に同行するようになってから、十数日。
 夜間の見張り当番の順番は、いつの間にか確定していた。山賊稼業から足を洗って以来、夜あかしが苦手になったというヤンガスが最初、次いでククールが夜半過ぎまで、そして最後に、エイトが日の出までを担当することになっていた。
 そろそろ交代の時間だ。
 睡魔が襲ってきてもおかしくはないが、ククールの目は冴え切っていた。
 けれど体力回復のためには眠らなければならない。彼は気持ちを落ち着かせるために一度深呼吸をした。さらに一呼吸だけ間を置いてから、立ち上がろうと足に力を入れたが、背後の衣擦れの音を耳にして、やめた。


 眠る主と仲間達を起こさぬように、そろりと慎重に足を運んでくる気配がする。
 エイト――この旅の一行の司令塔である彼は、常に慎ましい態度をとる男だった。主であるトロデ王とミーティア姫をいつも気にかけ、仲間全員の体力、気力への注意も怠らない。年のころは己よりひとつかふたつ下だというのに、トロデ王の次に年長者であるヤンガスに、「兄貴」と呼ばせるだけの技量や器の持ち主だというのには納得がいく。さぞ有能な近衛兵として、トロデーン城では日々を過ごしていたのだろう。実際、魔物との戦闘でも彼の指揮が逐一的確なのが良い証拠だ。
 エイトのような性質の男は、聖堂騎士団内や宿場町ドニでは見ない類の人間だ。周囲に期待され求められ、その能力を如何なく発揮してきたのだろう。
 己とは様々な意味で、正反対な人間であるとククールは思う。

 
「ククール、お疲れ様」

 エイトのひそめた声が、すぐ背後で聞こえた。

「ああ」

 振り向かずに気のない返事を寄越す。エイトは水の入った銀カップをひとつ、ククールに手渡してから、すぐ隣に腰掛けた。

「眠らなくて大丈夫?」
「どうにもね、目が冴えちまってさ。俺も睡眠呪文(ラリホー)くらい覚えておくんだったよ」
「僕もそっち方面の呪文はでんで、だなあ。ヤンガスはともかく、ゼシカや王はよく眠れているみたいで安心したよ。パヴァン王には感謝しなくちゃね」

 そういって、カップを持った手で仲間たちが寝ている後ろを示した。
 アスカンタ国王パヴァンは、エイト達一行への消耗品や備品類の提供を快諾した。希望通り、またそれ以上の品々が取り揃えられ、あれやこれやと悩みながら見繕ったのは昨日のことだ。今仲間達がくるまっている寝袋やエイトが持つ銀カップなども、アスカンタで新調したものだった。他にも長期保存可能な食料や武具の手入れの品々なども、馬車の荷台に納まっている。

「ま、一国の存続の危機を颯爽と救ってやったんだ。もっと色々と援助してもらえても罰は当たらないよな。例え
ば、だ。いい女を五年分、とかさ」

 茶化した調子で言って水を一口含んだ。するとエイトはくすくす笑いながら、

「なにそれ五年分って。君の一年間に付き合う女性の人数が未知すぎてわけわからないよ」

 と、的確なのかズレているのかわからない突っ込みをした。

「ご希望とあれば、今までの経験談を全てお教えいたしますが」
「遠慮しておくよ。きっと日が昇っても、君の話は終わらなさそうだし」

 よくわかってるなとククールが軽口を叩いてひとしきり笑い合う。ふと、エイトは真顔になった。

「横になって休むだけでも、体力は回復するよ。本当に大丈夫?」
「……まあ、全く寝ていないわけじゃないさ。大丈夫だよ。エイトはやさしーな」

 心からこちらの身を案じているのがよく分かる声に、心配無用と示すよう肩を少しすくめて微笑んで見せる。しかしエイトはそれでも、と言う。

「ここのところ、回復をククールにまかせっきりにしてるのは事実だし……。僕も上位回復(ベホイミ)くらいは覚えないとな」

 アスカンタの国境を越えてから、地理地形こそ大きな変化はないものの、出現する魔物の種類はかなり変わってきている。打撃や腕力の強い単純な性質の魔物達なのだけれど、確実にこちらの生命力を削ってくるため、常に体力に注意を払わねばいつ誰が命を落としてもおかしくはない。
 呪文はそれを扱う素質も重要だが、強靭な精神力や気力があって始めて安定して唱えられるものだ。もちろん乱発をすれば、それだけ術者に負担がかかる。エイトが懸念するのは最もな話だった。
 そこでククールはある提案を持ちかけた。

「なあエイト。俺が教えるからさ、この時間を使って上位回復を習得するってのはどうだ? 幸い、お前には回復系の素質があるみたいだしさ。俺としても負担は分散できるに越したことはないし」
「本当に? ありがとう! 宜しく頼むよ」

 願ってもない申し出にエイトの表情がぱっと明るくなる。そして呪文という複雑な体系を、他人に教示できるククールはやはり聡明なのだと改めて得心した。

 ククールはひとつ頷いて、薪の山から適当な小枝を手に取った。

「じゃあまずは……そうだな。基本的な知識からいくか」




 ククールの呪文講義が終わったのは、明け方に差し掛かる頃だった。
 区切りのいいところでやっと眠気が強まってきたため、「あとは反復練習だ」とだけ助言を残して寝袋に戻ってきた。
 かすかな葉擦れの音と、ヤンガスの鼾だけが聞こえる。旅の始めこそ五月蝿く思ったものだが、もう慣れたもので、横たわり目を閉じれば気にならなくなる。
 呪文の基礎的な知識を、可能な限り砕いて説明したつもりだったのだが、なんとか理解しようと必死に頭を捻るエイトの表情を思い出し、ククールは笑んだ。
 戦いの場では悠然と、手際よく指示を出す常日頃の彼との落差が面白くて、意地悪く難解な語句を並べ立てて困らせてやろうかと思ってしまった。
 人がうろたえるところを見て楽しむのは己の悪い癖だと、直す気はないのにククールは自覚する。
 エイトはやはり素質があるようで、留意するべき点を口頭で教えただけで回復呪文(ホイミ)の詠唱、発動が段違いに速くなった。上位回復が扱えるようになるのもそう難しくはないだろうと伝えると、エイトはますます意欲的になった。
 そんな彼を見ているのは気分が良かった。次の目的地であるパルミドまで最低でもあと丸二日はかかるから、余裕さえあればまた講義の続きを、と頼み込まれたのもあるのかもしれない。
 起床の時刻はもうすぐだったが、心地よいまどろみにククールの意識は沈んでいった。


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