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剣士像の洞窟にて

「ったく、もう少しで俺の高い鼻がぺしゃんこになるところだったぜ……。この洞窟の罠を作った人間は、どんだけ根性がひん曲がってるんだっつーの!」

 ククールは今しがた、突き落とされた天井の穴を見上げながらぼやいた。すぐ隣で尻餅をついたままエイトが言う。

「ごめん。僕がよく確かめもせずに、扉を調べたせいで……怪我は?」
「いや、腕をちょっと打ったけど問題ないさ。エイト、お前こそ」

 僕も大丈夫と告げて、エイトは強打した左肩――脱臼をしてしまったか――を庇いながら、ククール同様、頭上の穴を見上げる。すると、その空間ごしに上の階層からヤンガスの声が聞こえた。

「兄貴、大丈夫でがすかあー!」

 周囲の魔物に警戒しつつ、エイトも声を張り上げる。

「大丈夫だ! なるべく魔物を避けて合流しよう! 階段付近で待っていてくれ!」

 「わかりやした!」と小気味いい返答を聞いてから、やっと立ち上がる。負傷した左肩を治療するため、≪回復呪文≫の詠唱をしようと右の手のひらをかざす。けれどククールにその右腕をとられて詠唱が途絶えてしまう。
 なにを、と問う前に、ククールの≪上位回復≫が発動した。

「≪回復呪文≫じゃあ間に合わないぜ。やばそうなら素直にそう言えっての」

挿絵:1


 瞬く間に左肩の激痛が治まり、力がみなぎってくる。エイトはばつが悪そうに笑んだ。

「ありがとう。……厄介なことになったね。僕のせいだ」
「いや。俺達がこんな目に遭うのは、あんな罠を仕掛けやがった古代人のせいであって、エイトの責任じゃないさ。とりあえず、さっさと上に戻らないとな……っと」

 そして背後の通路を振り返って、ククールは心底辟易とした。通路一面に、毒の沼地が形成されている。いくつか人骨が転がっているところを見るに、どうやら自分達同様、落とし穴の罠に引っかかってしまった冒険者がいたのだろう。

「こんなことまでして守りたい宝石って、一体どんな物なんだろう。『ビーナスの涙』か……」

 マジかよお、と情けない声を上げるククールとは対照的に、エイトは冷静に思考を巡らせた。この先どこまで迂回させられるか見通しが立たない今、無駄な体力の消耗は避けるべきだ。しかし浮遊の魔法や無効化の呪文が使えるわけでも無し。
 結論はすぐに出た。

「ククール、ちょっといい?」

 悄然としたククールの背をエイトが軽く叩いた。それから今思いついた提案を伝えると、彼は複雑な表情を浮かべた。

「俺はいいとして……お前は大丈夫なのか、それで」




 ならず者の町パルミドにて、ミーティア姫と馬車を盗まれ、盗品を取り扱う業者の横流しに遭い、姫の行方を追いかけた先は、女盗賊ゲルダの屋敷であった。
 ゲルダとヤンガスは過去に因縁のある間柄らしく、ヤンガスの懇請の甲斐あって、剣士像の洞窟に眠る秘宝『ビーナスの涙』を入手し、持ち帰ってきたなら馬車と馬――ミーティア姫なのだが――の返還を考慮する、とのことでなんとか話がついたのが昨日。
 エイトとしては、ゲルダの提示した条件の「返還を”考慮”する」という表現に若干の不安を抱いたが、背に腹は代えられない。パルミドに残したままのトロデ王の憔悴しきった表情を思い出し、がむしゃらに洞窟を進んできたのだが。エイトは自身が思うよりずっと焦っていたのか、扉の形をしたばね仕掛けの壁をうっかり触ってしまい、すぐ後ろを歩いていたククールともども、落とし穴に突き落とされてしまったのだった。




 エイトが提案した内容は、単純なことだった。
 毒の沼に直に触れなければ問題はないのだから、ククールを背負って自分が通路の向こうまで歩いていけばいいというものだった。
 確かにそれならエイトの負傷だけで事は済むだろう。体力のより高いエイトがその役を買って出るのも納得はいくけれど、この毒の領域がどこまで続いているのか、この位置からでは把握出来ない。ククールの懸念はそこにあった。

「他にやりようはないと思うんだ。僕なら大丈夫。今の回復で体力にも余裕があるし」
「しかしだな……。っ!?」

 急に腕を引き寄せられて、ククールは倒れこみそうになる。エイトは少し姿勢を屈ませたかと思うと、彼を横抱きした。

「おい、エイト!」
「ククールがいくら渋っても、僕は考えを曲げるつもりはないよ。僕としては背負う形でもこの形でもどっちでもいいんだけど」
「お前なあ……」

 この形、とエイトが示すこの格好は、通常男が女を抱き上げるときの形であって、俺はむしろ抱き上げる側だし、そもそも男同士で何が楽しくてこんな格好にならなければならないのか。
 エイトは、常なら周囲の人間の主義主張を尊重する性質の人間だが、非常時となると己の考えを絶対に曲げない男だと、ククールは痛感する。
 とにかく一刻も早くこの恥ずかしい状態を脱するため、エイトの最初の提案を受け入れることにした。

「あーもうわかったよ! とりあえず下ろしてくれ。俺のプライドがいい加減傷つく」
 
 エイトはにっこり微笑んで、壊れ物でも扱うがごとく慎重に――それがまたなんだか腹立たしいのだが――ククールを下ろした。

「それじゃあ、早くここから出ようか」
「はいはい……」

 屈んだエイトの背後から、首に腕を回してもたれる。エイトはククールの脚をしっかり抱えて、そのまますっくと立ち上がった。足取りはしっかりしている。
 そういえば誰かに負ぶってもらうなど、あまり経験がないことだとククールは思い至った。遠い子供時代の記憶にも、ましてや修道院に入ってからの記憶にも。考えても仕方がないことまで芋づる式に思い出しそうになって、ククールは思考を止めた。
 毒の領域に一歩踏み入れたエイトは、一瞬だけ身体をこわばらせた。毒が布地を浸透し、泡立つ。立ち止まったのはその一瞬だけで、そのまま通路を真直ぐ歩いていく。足運びは普段どおりだったが、痛みを極力我慢しているのがよく分かった。顎を脂汗が伝っている。
とにかくこの毒の領域が狭い範囲で終わることを祈るばかりだ。





 沼地は幸いにも、通路が左に折れる箇所を境に途切れていた。
 ククールを石畳に降ろすと、エイトはたまらず膝を折りそうになった。咄嗟に抱きとめるような形でそれを支える。足だけでなく全身を沼に浸らせてしまえば、命に関わってくる。
 足の手当てのため、壁にもたれるようにエイトを座らせた。
 ブーツを脱がし、下衣や素足を侵食している毒液に魔除けの聖水をかけた。水が急速に蒸発するような音を立てて、毒液が駆逐されていく。

「……くッ、う……っ」

 あまりの激痛にエイトが呻く。毒をあらかた除去すると、爛れた皮膚があらわになった。すぐさま≪回復呪文≫を唱えて正常な状態に戻してやる。
 額の汗をぬぐってやると、表情がいくらか和らいだ。
 毒液による溶解は通常の裂傷や打撲と違い、回復系の呪文で患部を治療しても、痛みがなかなか引かない。かといって毒に体内を侵されている状態とも異なるため、≪解毒呪文(キアリー)≫も大して効果を成さないところが厄介だ。
 気休めにしかならないと承知の上で≪解毒呪文≫をかけて、残りの聖水でブーツを処理する。水気を切ってから、エイトに渡した。




「……よし、そろそろ行こう」

 エイトは足に力が入るか確かめながら、ゆっくりと立ち上がった。なんとか歩けるようだ。

「大丈夫か?まあ、あまり一所に留まるわけにもいかないしな」

 ククールが身長差を埋めるように少し背を屈めて肩を貸す。
 周囲に別の罠や仕掛けがないか注意を払いながら、通路を進む。左右に等間隔に設けられている燭台の炎が、二人とすれ違って揺らめいた。

「しかしお前も難儀だな。こんな目に遭っても、トロデのおっさんの命令は絶対ってか」

 ククールの言葉に、すぐさまエイトが返す。

「国の主の命に従うのは、従者として当然だよ」
「お前ほどの腕があれば、一国の兵士に固執しなくとも、もっと上手くやっていけそうなもんだがな。忠義の家臣ってやつは大変だね」

 ククールの声音は言い方に反して神妙だったが、エイトは曖昧に笑むだけだった。
 きっとこの先もエイトは、主君と姫君のため尽くしていくのだろう。責任感の強い彼は、だからこそ己を顧みず、無理をするきらいがある。先刻の肩の負傷のときもそうだ。限界まで他人を頼らない。
 長生きはしない生き方だと、ククールは思った。
 終わりの見えない回廊を、ひそめた二人分の足音が反響する。

「……僕、孤児だったんだ」

 今度はエイトが沈黙を断った。時折考え込むように間を置きながら、彼は己の過去を語りはじめた。

「もう、10年くらい前になる。気がつくと、僕はトロデーンの城門の前にいたんだ。……それまでどこで何をしていたのか、家族はいるのか、いるとすれば生きているのか死んでいるのか…何もわからなかった。……そんな素性の知れない僕を、城の小間使いとして受け入れてくれたのが、当事の兵士長殿と陛下だった」

 そこで言葉を止めるて「もう大丈夫」と、ククールの支えをほどいた。

「トロデーンは、僕にとっては唯一無二の拠り所だ。だからこそ僕はなんとしても、陛下と姫、そして民にかけられた呪いを解かなくちゃならない」
「……そのためなら、己の身を犠牲にしても厭わないか。けどな、エイト。お前が死んじまったら、それこそトロデ王や姫は一巻の終わりだ」

 ククールの常に無い真剣な言葉に、エイトは押し黙った。ククール自身も内心、こんな言葉が自分の口から出てくるとは意外に思っていた。

「まあその……なんだ。駄目そうなら駄目だって、もっと頼ってもいいんじゃねえか? ヤンガスなんか喜んであれこれ動くだろうし、ゼシカだってお前のことを気にかけてる。王様には言えない愚痴を聞くくらいなら、俺にも出来るしな」

 らしくない、気恥ずかしいことを口にしていると、自分でも思う。エイトの前では、本心が素直に言葉になる。常の皮肉は形無しだ。きまりが悪いので、エイトから視線を逸らしてあさっての方を向いた。

「……うん、そうだね。その通りだ。ありがとう、ククール」

 心底嬉しそうに、柔らかく微笑むエイトの顔を、彼はついぞ直視できなかった。

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